言わずもがなキーボードはコンピューティングにおいてなくてはならない入力デバイスですが、3DCG 制作やグラフィックス分野において殆ど語られる事のない入力デバイスではないかと思います。
マウス、液晶ディスプレイと取り上げましたので今回はキーボードに関して制作者の視点でお話ししたいと思います。
インターネット普及に伴うパソコン人口の増加により、長年、仕事でパソコンを使ってきた方にとって、直接 体に触れるマウスやキーボードは最も質が低下したと実感できる入力デバイスではないでしょうか。
一口にキーボードといってもスイッチ機構やキー配列の違い、キーレイアウト、接続方式の違いなど様々に分類する事ができ、またそれぞれに特徴があります。
キーボードは単に文字入力を行なうためのデバイスではなく、ゲームユーザーや本稿のテーマである3DCGなどグラフィックス作業用途にも密接に関わっており、キーボードに求められるユーザーの要求は多岐にわたります。
昔は安価でもそれなりに使えるマウスやキーボードは多く存在していましたが、現在のキーボード市場はマイクロソフトやロジクールを筆頭に一般家庭向けの機能性軽視、デザイン優先の大量生産品で溢れています。(それにつられたメーカー多数)
パソコンを何に使うかでキーボードに何を求めるか異なる上、好みの分かれる入力デバイスです。ですのでこれが良いという答えは決してなく、あくまでグラフィック系の制作者の一つの視点で考察しているという点に留意下さい。
確実に言える事は、ここ十年ほどの間、仕事で使えるまともな製品は高価な極一部の製品に限られるため、選択肢は殆どない状況となっており、仕事で使うキーボードに不満を持つ人は少なくないという事です。
キー入力を実現するスイッチ機構には複数の方式があり、現在、一般市場に流通しているキーボードは、メンブレイン、パンタグラフ、メカニカル、静電容量無接点の何れかになります。それぞれに特徴があり明確な違いがあります。
キーボードの性質を決める大きな要素となります。
ドーム状のラバー(ウレタンゴム)の反発力を利用した方式で、PCメーカー付属のキーボードや店頭販売されているPC用キーボードの殆どはこの方式になります。
構造が極めてシンプルなため製造コストを切り詰めやすく、安価なキーボードは全てこの方式と考えて差しさえありません。
独自の拡張ボタンを持つキーボード、特殊な形状のキーボードなど比較的、高価なキーボードにも幅広く採用されています。昔はスプリングと併用してキー荷重をコントロールするタイプのキーボードも存在していました。また、ラバードームはメカニカル、パンタグラフ、静電容量無接点にも使われているものもありますが、メンブレインはラバードーム打ち付け入力を行なうタイプのキーボードになります。
キーの押し上げと維持はラバードームの反発力によって行なうため、共通する特徴として初期荷重が重く反発力が強い特徴が挙げられます。入力はラバードームが基板に接触する事で通電し入力が確定するため、タイプ時に底を打つ必要があります。
同じメンブレイン・キーボードでもリニアに反応するゴムっぽいタッチ、一定の押し込みでボコンと落ちるものなどラバードームの形状、接点、キー構造の違いによりキータッチの差が出やすいスイッチ方式と言えます。
設計の段階でタッチ感やキー荷重のコントロールが難しく、キー荷重が重くなる傾向があり、近年はその傾向が強くなっています。(追求されていない)
安価なキーボードは間違いなくメンブレイン方式ですが、AVやゲーム用途を意識した比較的高価な独自の拡張ボタンを持つキーボードなど幅広く採用されているスイッチ方式ですが Libertouch シリーズ(ページ右)のように荷重変更可能なキーボード KINESIS のエルゴノミクス・キーボードなど2万円近くするメンブレイン・キーボードも存在します。
一般的に指への負担が大きく、最も腱鞘炎になり易いスイッチ方式と言われています。理由としては、※荷重が重く反発が強いため指に力が必要な上、キーストロークが短いと底を打った時の衝撃がダイレクトに指に伝わるためです。
※現在、販売されているメンブレイン式キーボードに多い特徴です。
全てのメンブレイン・キーボードがそうではありませんが、限りなく部品点数を減らした近年のメインブレイン・キーボードの多くはこのようなタイプとなっているため、メンブレイン・キーボード=腱鞘炎になり易い、と認識されています。
Wiki によればキー中央をタイプしなければ引っかかるのがメンブレインの欠点となっていますが、製造コスト削減のため部品点数を極限まで減らした事で単に細い筒の穴をストロークするものが多く、材質や精度の低さ等、品質低下が大きく関係しています。
左はキー全体で異なる材質をはさみストロークする様に作られており、部品点数も多い。右は本体筒状の穴(メス)に小さな円柱状(オス)のキーをストロークする構造で部品点数が少ない。確実に中央ををタイプしないと抵抗があり、酷いものは引っかかってスイッチできない。最近のメンブレイン・キーボードの殆どはこのような構造になっている。ちなみに左は8年程前のキーボードで価格は右よりも安かった。
誤って水を溢しても分解して掃除し易いのがメリットすが、最近ではプリント基板の配線上に直接、接着剤で貼り合わせているものがあり、剥がすと配線を剥離する、つまり、分解した地点で修理困難な状態に壊れるようにしているキーボードも存在します。
昔から広く普及している方式ですが、インターネット人口増加に伴うパソコンの普及により質が低下したと言われるキーボードは、メンブレイン方式のキーボードの質の低下にあるといってよいと思います。
個人的には、3DCGグラフィックス等、キーボードショートカットを多用するグラフィックス系の作業用途に最も適したスイッチ方式だ考えています。キーのタイプ回数よりもキーに対して強めの圧力で押す時の耐久性はメカニカルよりも高いと考えているためです。
また、安価であるため使いつぶしが利きます。昔は安価なメンブレイン・キーボードでもタイピングにも十分妥協出来るタッチの軽快なキーボードは多く存在していました。PCパーツショップに並んでいるどこのメーカーかも分からない複数のキーボードを触ればいいなと思えるキーボードはありました。Amazon などの評価を見て分かる様にブラインドタッチを必要としない人の評価である事がよく分かります。
仕事に使えるメンブレイン・キーボードは絶滅に近い状況にあります。
キー入力の仕組みはメンブレインと同じですがキートップを支える構造が電車のパンタグラフに似ている事に由来します。ラバードームを小さく、キーストロークを短く出来るため、厚みを薄くする必要のあるノートパソコンのキーボードに広く採用されています。
デスクトップ用のキーボードでもパンタグラフ式のキーボードは昔から存在していますがキータッチに特徴があるので触っただけでパンタグラフだとわかります。※キートップ自体が薄く列ごとの段差のないフラットなデザインが多いのも特徴です。
※1000円以下のメンブレイン・キーボードの中には、一見、パンタグラフ式に見える様な薄くてストロークの浅いキーボードも存在します。触れば違いは分かります。
底を打つ事で入力が行なわれる点はメンブレインと同じですが、荷重を小さくする事が出来るため指への負担が少なく腱鞘炎になり難いと言われています。もともと優しい力でタイピングする事を前提としているため、ストロークが浅くても底打ち衝撃による指への負担が少ないのも理由です。
パンタグラフの構造上、キーの端を押してもキーが水平にストロークするため、中央を確実にタイプしないと抵抗がある今時のメンブレインよりはタイプし易く万人向けです。メンブレインやメカニカルと同じようにばんばん叩き付けるようなタイピングをしてパンタグラフ キーボードを壊す人をよく見かけます。
スイッチ方式、キータッチによってそれぞれに適した打ち方というものがあります。
キートップを支えるパンタグラフの構造上、強度に難があり、余分な荷重がかかる事が多いグラフィックス等の作業用途においては壊れ易い方式と言えます。本稿の用途では避けるべきキーボードと言えると思います。
過去にプレスを多用するキーを壊した経験があり、キーを支える爪が折れキートップが外れた事があります。確か Softimage の Orbit でした。それ以来、パンタグラフ式のキーボードは購入していません。
底を叩いて通電させる上記方法と異なり、キー毎に独立したスイッチ機構を持つ方式です。そのため価格は高くなります。構造上はマウスのボタンがいくつも並んでいるという感じです。価格帯は 6,000 ~10,000円程度になります。
メンブレインのような強い返しが少なく、設計の段階でタッチ感をコントロールし易いため、このスイッチ方式を採用するキーボードにはキータッチが優れ、タイプライターを思わせる打鍵音がする製品が多い特徴があります。
Cherry 社のメカニカル・スイッチを採用するキーボードはタイピング速度が早い人ほど騒音レベルにうるさく使う場所を選びます。これを好む人も多いのですが入力している本人は気持ちよくても周囲にとってははた迷惑な話です。好き嫌いが真っ二つに分かれます。勿論、静音性を配慮したメカニカルキーボードも存在しており、全てがそうではありません。
メンブレイン・キーボードの質の低下から近年ではメカニカル・キーボードを支持するユーザーが増えており、特にキータッチや感触に重点を置く方に支持されています。
昔からメカニカルスイッチで有名なのが Cherry 社(ドイツ)のキーボードで、現在は様々なメーカーにOEM供給しています。荷重の高い順から白軸・黒軸・赤軸・茶軸・青軸のメカニカル スイッチを採用したキーボードが販売されています。
消費者にとってのOEM供給のメリットは、様々なキー配列やレイアウトの事なるキーボードが各社から販売される可能性があるという事です。つまり気に入ったスイッチのキーボードの選択肢が広がるという事です。
一般的にメカニカルはメンブレインよりも耐久性に優れると言われますが、経験上、キーボードの扱い方によってはメカニカルの方が耐久性は低いと考えています。Macintosh を中心として使用していた15年程前、当時の Apple Keybord はメカニカルであったため、PC側も好んでメカニカル キーボードを使用していた時期がありました。
メカニカルはグラフィック用途など、ショートカットを多用する用途では、タイピングよりもキー荷重がかかるためか短期間でチャタリングを起こし易く、2、3ヶ月に一度の割合で Cherry 社のキーボードを立て続けに壊した経験があります。
ちなみに壊れたのは何れも茶軸です。軽いタッチの方が耐久性が低い様に思います。またキー荷重が軽くタイピング速度の速い人程、騒音レベルにうるさいです。
また、Machintosh で愛用していた 英語配列の Apple Macintosh Adjustable Keyboard (メカニカル)は人差し指が受け持つのキーが短期間でチャタリングを起こし、同じ故障で 2年の間に3台もだめにした経験があります。(人差し指側の端は強い荷重がかかるためと思われる。小指側の端は力が弱く大した荷重がかからない。)
ちなみに長年ヘビーに使い込んだメンブレインは10年近く持ちました。品質や個人の打ち方による事が大きいので比較にはなりませんが。 このサイトの9割の文章はこのキーボードで入力しています。
これらの経験から荷重が掛かりがちなグラフィック用途においてはメカニカルの耐久性は低いと考えています。そもそも耐久性はキーのタイプ回数によって示されますが、叩く回数ではなく、圧力に対してはメンブレインの方が耐久性は高いように思います。
私の場合、このような経験からマウスを持ちながらとなるグラフィックス系の作業用途ではメカニカル・キーボードは避けるようにしています。消耗品と考えると安価なメンブレインで十分で、昔のキーボードはそれなりにタイピングも出来るものありました。
しかし、現在はまともにタイピング出来るメンブレイン・キーボードは国内市場からは姿を消してしまい難民状態になっているわけです。
メンブレインの場合、分解して自分で何とか出来る問題でも、メカニカル・キーボードでチャタリングが発生するとそれまでとなる事が多いです。グラフィック系作業用途で Cherry 社のメカニカルキーボードを選ぶのであれば、重めですが耐久性の面で黒軸スイッチをお勧めします。
コイルスプリングの静電容量の変化でスイッチのオン、オフを検出する方式です。接触により入力が確定する事がない(無接点の)ため、 入力の信頼性、耐久性を両立出来るメリットがあります。上記の接点方式と最も異なる点と言えます。
構造上、キー荷重をコントロールし易くRealforceに関しては軽い力でリニアな入力が特徴です。(Realforce しか知らないので) また、この方式を採用するキーボードは非常に高価です。(16,000 ~ 30,000 円ほど)
静電容量無接点方式のキーボードで有名なのが東プレ(国内メーカー)です。金融機関など信頼性が求められる分野で業務用キーボードとして70%のシェアを持ち、同じものを一般市場向けに販売したのが Realforce シリーズになります。
メカニカルの Cherry 社(ドイツ)と同様に、様々なメーカーに OEM 供給しており、選択肢が広いのも特徴です。プログラマー向けキーボードとして人気の高い Happy Hacking Keyboard Proofeshonal のスイッチも東プレのOEMになります。
静電容量無接点方式の東プレ製キーボードのタッチは上品です。この点は後ほど詳しく紹介します。
特徴をまとめると以下のようになります。あくまで流通しているキーボードの一般的な印象であって全てに当てはまる訳ではありません。
スイッチ方式 | 耐久性 (回数) |
耐久性 (衝撃) |
静音性 | メンテ性 (分解) |
指の 負担 |
価格 |
---|---|---|---|---|---|---|
メンブレイン | △ | ○ | ○ | ○ | △ | ◎ |
パンタグラフ | △ | × | ○ | × | ○ | ○ |
メカニカル | ○ | × | △ | × | ○ | △ |
静電容量無接点 | ◎ | ◎ | ◎ | △ | ◎ | × |
メンブレインでも静電容量無接点式より高価なキーボードも存在しますし、メンブレインでもタイプ音が高めのうるさいキーボードもあります。耐久性の衝撃に関してはキーをタイプした時の力に対する個人的な経験に基づくものです。
ちょっと3DCGの話題から外れているようですが、キーボードはコンピューティングにおいてなくてはならない入力デバイスですので予備知識としてこれぐらいは持っていても損はないと思います。
パソコン歴の長い方で何度かキーボードを分解して直そうと試みた方であれば名前は知らなくても何となく違いは分かると思います。大抵のキーボードは分解しなくともキーをタイプしただけで、どのスイッチ方式か判断出来ると思います。
引き続きキーボードの接続方式について説明します。